今日は、メロープラザへ放射能汚染ガレキ問題の勉強会へ行ってきた。
放射性物質を拡散する危険性を改めて学んだ。
袋井のクリーンセンターもガレキを燃やせば最大10パーセントの放射性物質が大気に放出されると言っているのに。
市長もそれを知っているはずなのに・・・・・。
やはり受け入れには前向きのようだ。
さてさて、3・11以降、国の選択について疑問だらけだった。
福島第一原発の事故後、暫定基準値といって、色んな基準値をあげまくり、汚染された食材や汚染されたガレキを日本中に広めたり
日本を恐怖と混乱に落とし入れた原発をまだ増やし、あまつさえ他の国へ輸出しようとしている。
なぜ、子供の健康よりも、お金を選択し続けるんだ?そんなことしたら国民は国に不信感を抱き反発するのが本当に分かっていないのか?バカじゃあるまいし、不思議でしょうがない。
よーく考えたらようやくその答えが分かった。
国の本音は、「反発す国民が増えるのは百も承知。でも日本人はどんな事やっても大半の人間は無関心。所詮
一部の人間がピーピー言うだけだ。」
「国の経済を守るためなら、ある程度の犠牲はしょうがない。損害賠償をはらう事になっても、税金から払うだけだ。」
ってとこか。
もちろん声にだしては言わないだろうが、選択の仕方にそういった本音が見え隠れしている。
ようするに、国民をなめてるんだと思う。
そして、国にそんな考え方えをさせてしまっているのは、私たち国民のせいだと思う。
無関心・無行動そしてあげくに「国はなにもしてくれない。」と他人事。そんな人があまりにも多いように見える。
民主主義である以上主役は自分たち「民」であって「官」は所詮私たちのサポート役にすぎないのに、さも「官」のほうが偉いかのように「なにもしてくれない」などと持ち上げる。
これでは「官」も俺たちは偉いんだと勘違いしてしまう。
こんな時代に必要なのは、「自分たちの国を、自分たちの町を自分たちで作るんだ。という意思表示を1人1人が持つこと。」なんじゃないだろうか。
私は「こんなに多くの人を苦しめた、原発の稼働も、二次被害の可能性の高い放射性物質の拡散も反対です。お金よりも子供の健康を優先する選択を支持します。」